白髪を見ながら思うこと

最近、アラフォーと呼ばれる世代になってから明らかに白髪が増えた。それまでは白髪の年配の方を見ても、どこか自分とは縁遠い感じで、私の黒髪が白くなるというのはそれこそ肌の色が変わるのと同じくらいあり得ないと思っていた。

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ところが毎朝、洗面台の前で鏡を見ながら髪を整え、頭の後ろで一つ結びにすると、頭の頭頂部近くで白髪が1本、ぴょこんと立っていたりする。白髪って髪の老化現象だと思うのだが、なぜかコシやツヤがあり、まとめ髪にしても目立って出てくるのだ。

黒に白が混ざるのいやだな、と思ってピンセットでひっこ抜く。美容師さんから「白髪は抜くと頭皮が痛むから抜かないで」と聞いたことを思い出しながら、それでも白髪まじりの頭を周りの人に見られたくなくて、ついやってしまう。

 近頃、白髪をきれいにお手入れしながら染めずに共存していく「グレイヘア」というのが流行っているらしい。本屋で髪の本を手に取ると、グレイヘアをいかに楽しんでいるか、ただぼさぼさに放っておくのではなく、美容室に通いながらいかにオシャレとして工夫をこらしているかが書かれている。私は白髪を1本見つけただけですぐ頭の上からその存在を消したくなってしまう。まだまだグレイヘアに挑戦する境地にはほど遠い。

 そう考えると、白髪を楽しめる人というのは、自分の人生が年を重ねるにつれて変わっていくものであることを受け入れている人とも言えるのではないだろうか。少しずつ増えてくる白い毛を排除しようとせずに、「そりゃ年だもんね。いいよ、いくらでも生えてきなさい。あなたも私の一部なのね」という寛容性が感じられる。一方で私は、まだまだ「自分が変わらないこと」にしがみついている。

 何か考えて悩んでいる時、考え方を変えると良いとよく言われる。「コップに水が半分しかない」のか「まだ半分もある」のか、とらえ方が大事などと本には書いてある。けれども考え方を変えるって、それこそ自分という人間がが丸ごと違う生物になるくらい難しい面もあるのではないか。今日もキラキラ光る白髪をそっと抜きながら、私は思う。

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